2021.01.17 Inter FM「Daisy Holiday!」より

 

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H:こんばんは、細野晴臣です。Daisy Holiday!今週も、先週に引き続き小説家・朝吹真理子さんとの対談を編集してお届けします。お楽しみください。

 

 

 

H:どんな生活をしてたんですか?この2月ぐらいから、今までに。

朝吹:あ、わたくしですか?

H:うん。

朝吹:あまり、常と変わらず…(笑)

H:変わらないよね、わかるわかる(笑)

朝吹:マスクをするのでニキビができやすくなったぐらいで…特に、人生がなにか大きく変わったりはしておらず。

H:はい。

朝吹:あ、ただ…お外になかなか出られないというときに、家が割と好きなのでそんなに困らないかな、と思ってたんですけれど、ものすごくお薬味を食べるようになって。

H:薬味?

朝吹:薬味。なんでなんだろうと思ったら、どうも香り、においに飢えたみたいで。

H:なるほど。

朝吹:街に出ると、良いか悪いかは別にして、もののにおいがすごくいっぱい流れていたと思うんですけど。お店のにおいとか、人とすれ違う時の体臭とか。人が歩くことで出てくるにおいとか、お店を開けてるにおいとか。そういうのが全部閉まって、人と人との距離を取らないといけないというときに…これまで常在菌を交わし合ってたのに、急に自分だけの菌になってしまって。で、においが届かなくなって。だから、異様ににおいのするものが食べたくて。大葉とか茗荷とか、パクチーとかクミンとか。そういうのを貪り食って…

H:なるほど。なんか、嗅覚が敏感なんですね(笑)

朝吹:敏感なのか…ただ、においがあんまりしないことが不安で。

H:それはわかるわかる。うん。

朝吹:それで、香水を新しくしてみたりとか。ちょっと違うにおいを取り入れて…外部を取り入れたいというときに、実際に人にはなかなか会えなかったから、においとかお茶の葉を買ってみたりとか。それが自分の中で起きたいちばん大きな変化だった気がします。

H:なるほどね。それは些細なことではないというか…なんて言うんだろう、小さなことではない、本能的なことだな。

朝吹:人間ってこうやって会ってるときに…私、自分自身に考えていることが深くあるタイプだとは思っていなくて。内面があんまりないと思ってるんですけど。常在菌を交換し合うように意識のやり取りをして、でろでろとした流動体をなんとなく互いに侵食しさせ合いながら空間があって。

H:オカルティックだな(笑)

朝吹:それでまた去って行って、また会ったら交わして…というのを繰り返してると思っているので、誰のも会えないと…

H:非常に不自然だよね。

朝吹:なんか、自家中毒が起きそうな感じがありました。

H:あー、たしかに。

朝吹:そういうときはやっぱり音楽を聴くのがすごくよかったんですけど…あ、結婚をして夫がいるんですけど、夫と音楽の趣味が合わないとこんなにも大変なんだな、と思いました(笑)

H:そうなの?(笑)あー、そういうことあるよな。

朝吹:なので、互いにヘッドフォンで聴いてました(笑)

H:ディスタンスだね、そりゃあ(笑)

朝吹:ディスタンス、音さえも…(笑)でも、使うんですけど、ヘッドフォンが苦手で。やっぱり部屋の壁に当たって聞こえてくるとか、隣の部屋で流れている音が聞こえてくるとか、それぐらいの距離がわりと好きで。だから「ここ」[耳元]で聞こえてくると自分の歩いている音とかもわからなくなっちゃうし、自分の呼吸音も聞こえなくなるしで…ちょっと音に呑まれる感じがあって怖いですね。

H:みんな、人々はイヤフォンして電車に乗ったりして、やっぱり遮断してるんだね。音楽っていうのは空気を伝わって流れてくるものだから、すごく空気は大事ですよ。だから、国によって音が違うのもそのせいかもしれない。空気が濃い国とかね。

朝吹:空の色も全然違いますもんね。ホントに青の色が違うし。おもしろいですよね。

 

 

Dream - The Pied Pipers 

 

 

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朝吹:去年、カナダのバンクーバーで日本文学を研究しているラフィンさんという方が、たまたま小さい文章を翻訳してくださることになって。日本でお会いしたときに、ちょうど私、いま夢にすごく関心があって。

H:へぇ。

朝吹:夢の小説を書き始めているんですけれども。その話をしていたんです。細野さんの音楽の話にも重なるんですけど、昔の人の夢って「見ただけでは所有者ではない」という考えなのが私はとても好きで。偶然、その人のところに入って届いてしまっただけで、必ずしもその人だけに向けられたメッセージではないということ。

H:なるほど。

朝吹:で、源頼朝の奥さん…北条政子の妹が頼朝と結婚する夢を見るんですけど、その夢がなにかわからなくてお姉ちゃんの政子に相談するんです。なんか私、こういう夢を見たんだけど、って。そしたら北条政子が、それが天下人の妻になるというめっちゃラッキーな夢だということに彼女は気づいて。すごくずるいのが…お姉ちゃんがその夢をもらってあげる、って。悪いものかもしれないから、って(笑)

H:へぇ…(笑)

朝吹:で、妹はお姉ちゃん、いいの?って言って、[政子がその夢を]所有する、という。

*『曽我物語』「時政が娘の事」より。

H:夢を交換できるんだ。

朝吹:私はその感じとか…夢は自分ではわからなくて夢を解いてもらう人に会いに行く、とか。夢が入ってくるのは本当に偶然で、入ってきただけではまだ自分とは関係がないかもしれない、という。そういう夢と人との付き合い方がすごくしっくり来ていて。その話をラフィンさんにしていたんです。そしたらラフィンさんが教えてくれたのがカナダの先住民族の人たちの夢の話で…先住民族のどの人たちか、まではちょっと聞きそびれちゃったんですけど。カナダの民族博物館にある時まで、とある先住民族の人のおうちの夢がひとつひとつ書かれていたんですって。展示物の一つとして。それは口伝で、先祖代々見続ける夢があるみたいで。

H:へぇ。

朝吹:それは決して人に口外してはいけなくて、宝なんですって。親から子へ、そして次の代に…伝えられていく、というよりも親子代々で「見ていく」夢というのがあるみたいで。語るということと見ることが同じなんだと思うんだけど。それが増えて行っているのかどうかはわからないけど、とにかく数珠繋ぎに続いていっている、と。ただ、最近それは…それが読める状態で展示してあるのは先住民の人の宝を私たちが見ることになってしまうのでやめましょう、ということで剥がして。もう見られなくなったそうなんですけど。

H:そう。

朝吹:でも私はその夢の話が忘れられなくて。ずーっと、代々夢を見てきた人たちの夢はどんなものだったのか、ということにすごく興味があります。そういう、入ってきて聞こえてしまう、見てしまう、みたいな感じで音楽が入ってくる。

H:似てるかも。

朝吹:特に細野さんの音楽を聴くとそう思います。

H:ほとんど夢と同じかもしれないね、そう言われると。音楽って。

朝吹:すごく不思議です。しかも一緒にいる人と聴いてても…同じ空間にはいるんだけど、同じ音楽を聴いているとは思えないときもあるから。音楽はとても長い時間と繋がっているのにとても個人的なものであって、そこここの身体の中の震えと一緒になっておもしろいな、と思います。

H:そうなんですよ。だから、作ったものをどう聴かれてるのかまったく知らないんですよ。最近はね、SNSでフィードバックがあるんで。誰かが送ってくれるのをよく見てるんですけど。自分では想像できないような聴き方をしてる人もいるわけだね。ちょっと、具体的には忘れちゃったけど。人それぞれ自分の世界と共鳴して音楽を聴いてるんだな、と思って。だからなんて言うんだろう…ちゃんと作らなきゃいけないな、って思ったんですけど(笑)

朝吹:(笑)

H:自分としては全然ダメな音楽もちゃんと聴いてくれてる、というのに、すごくね、責任を感じちゃった。

 

 

2021 - Vampire Weekend

(from『Father of the Bride』) 

 

 

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H:夢の話だけど、僕も夢をいっぱい見て。糸井重里のホームページに夢日記のページがあるんですけど、そこに連載したこともあるくらい、いっぱい見るんですけどね。最初はくだらない夢が多かったんで、笑えるなぁ、と思ってそれを始めたんですけど。いまお話しされていたような深い夢じゃないんですよ(笑)例えば、「揚物合戦」とかね。

朝吹:…え?(笑)

H:犬が出てきて、先住民みたいな人がいっぱいいて、揚げ物を揚げてるんですよ、なんでか(笑)

朝吹:(笑)

H:で、犬はその揚げ物を…ぶつけられるのかな?ちょっと忘れちゃった(笑)とにかくそれを「揚物合戦」というタイトルにして。誰かに絵を描いてもらって。

朝吹:それはすごい夢ですね。

 

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H:で、そういうことをやってたら、あるとき内田百閒の『件』という文庫本を読んで。それがまったく自分と同じような…夢とは書いてないんですけど、ぜったい夢なんだろうな、と。展開の仕方が夢独特の…法則があるというか。要するに支離滅裂なわけですよね。でもなんか笑っちゃうんですよ、読んでてね。あんまり僕は文学派じゃないんですけど…(笑)そういう夢に関する本はおもしろいなぁ、と思って。ただ、黒澤明の『夢』はちょっとわかんなかったけどね。んー。

朝吹:私は映画が観られなくて…

H:え!

朝吹:なので、『星の王子 ニューヨークへ行く(Coming to America)』くらいしかわからない…(笑)

H:ホント?(笑)それはまためずらしい…どういうことなの?

朝吹:閉所恐怖症なんです。

H:あ、そうなんだ。

朝吹:で、閉所と言ってもここは開放感があって…大丈夫です。明るくて、いろんなものがあって、出られる道があると大丈夫なんですけど、映画館が本当にダメで…映画館って、一回座ったら出てはいけないムードと…空気が変わるくらいの、バフンッっていう、あの重い扉。

H:あー、扉ね。

朝吹:ライヴハウスは平気なのに、あれが怖いんです。映画館の。

H:なんとなくわかる。

朝吹:で、光をすごい浴びて観ることになってとても怖くて。ドーナッツ食べたりとか、ノートに絵を描きながらとかじゃないと観られなくて。で、隣の人に怒られたりとかするので、あんまり行かないようにしてます(笑)

H:そうか。めずらしい人ですね(笑)でもわかるような気がするね。

朝吹:こわいこわい。

H:僕も2時間以上の映画は観れないからね。1時間半以内にしてもらわないと。

朝吹:80分くらいだったらいいですね。おしっこも我慢できる。

H:そうそうそう。タバコ吸いたくなる、トイレ行きたくなる。だから始まる前にいつも時計を見て…それはお芝居もそうだけど。なんか、ずーっと座ってるのがダメなのかな(笑)でも、家でDVDとかは観られるんですよね?

朝吹:あ、そうですね。たまに観たりします。ただ情報量が多すぎて、観た後に2,3日ポカーンとしちゃうので。なるべく観ないようにしてます(笑)

H:(笑)ストーリーというものにそれほどこだわりがないように見受けられるんですけど、小説というのはストーリーから入るんですか?

朝吹:いや、小説はどっちかっていうと…前に書いた『きことわ』という小説があるんですけど、それはお買い物のメモでチラシの裏にハムとかホウレンソウとか書くとき、「たまご」という字を書いたときに…普段だったら「玉」のほうの玉子を書くんですけど、そのときだけ「卵」を書いて。その「卵」が2人の女の子に見えて。かわいいなと思って。ポニーテールの子とショートカットの子に見えて。この2人はなんで背を向けあってるのかな、と思ったんですけど、そのときはただ一瞬の妄想で。しばらくしたときに…そのときまだ大学生だったのでフランス語の授業があって。フランス語で卵って「ウフ(Oeuf)」って書くんですけど、OとEが一つの字で「ウ」という音のときに…私はすごく筆記体が下手なので、OもEもUもFも全部がものすごく伸びたような字になって一本の線になったときに、これは「卵」の2人の女の子の髪の毛が繋がってるんだ、と。その髪の毛が繋がったり、繋がらなかったり、また繋がったりする、そんな話だ、と思って書き始めたので…

H:独特な発想だね(笑)へぇ…

朝吹:で、やっぱりストーリーは大事なんだけど、それは文章のリズムが生んでくれると思っていて。一行書いたらその一行が次の一行を呼んでくれて。

H:あー、音楽とおんなじだ。

朝吹:で、もう1回、朝になったら読んで、消したりして…

H:いやー、僕もそうやって音楽作るんで…4小節作ったら、そこから先はその4小節が生んでいく、というね。

朝吹:ええ。

H:で、ストーリーはないですからね。音楽。後付けで言葉で考えたりするけど。歌詞がなくたってホントはいいんですよね。歌詞を考えるのがすごくつらいんですけど。なんだろう…こないだ『HoSoNoVa』のアナログ盤がアメリカで出るんで、アメリカ人向けに歌詞を英訳するという作業をやってくれてたんですよ。どなたかが。日本の人がね。で、ここが訳せない、わからない、という質問状が来て。んー、困ったなぁ…と思ったんですよね。訳せないです、僕も。どうやってサジェスチョンしていいかわからないので、訳はやめてくれ、と。やめちゃったんですね。やっぱり日本語って…俳句もそうなんだろうけど、英訳できないですよ。意味があるようでないしね。ちゃんとしたストーリーがあればそれは訳しやすいんでしょうけど。そうじゃない、というのがそのとき初めて自覚して。もう英訳はしたくない、と思いましたね。

朝吹:なんか、やっぱり音だから…意味はもちろんあるんだけど。音が大事だと、英訳して…というのは本当に難しいですよね。

H:意味はね、どうでもいいんですよね。んー。意味以前の世界が音楽だと思うので。

朝吹:私は文字に音の顔があると思っていて。「音貌」と呼んでいるんですけど。

H:初めて聞くね。

朝吹:いや、勝手に自分で…(笑)

H:あ、そっか(笑)

朝吹:ひらがなとかカタカナ、漢字とかでリズムを変えて作って書いてるときに、自分の中でこっちは開いたほうがいい/閉じたほうがいいとか。あとは音読しながら書くので、意味よりも音のほうの雰囲気が…どれを選択するほうが音の名残が文字に出るかな、ということを考えて書いていて。それは…ジョイス(James Joyce)が好きなんですけど、ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク(Finnegans Wake)』の中で…「I」の字をたくさん使って小鳥が並んでいるのを示している、というのをどうやって[日本語に]訳すのかを柳瀬尚紀さんという英米文学の方がものすごい考えた、という話とかを聞いていて。ちょっとどうやって訳したのかは忘れちゃったんですけど、でもすごくわかるというか…文字にはイメージがたくさんあるから、それは本来であったら翻訳できない。できない中でどうやってもう1回作っていくか、ということで…柳瀬さんはたぶん、ジョイスに近づいて、ジョイスに正しく…スライドさせて翻訳する、というのではなく、むしろジョイスがやったことをやろう、と。それがいちばんの翻訳だ、と考えた…

H:それは大変なことだ(笑)

朝吹:でもその姿勢にすごく私は感銘を受けて。自分でも、自分でなにかをものを作っているというよりも、今まで読んできたものとか聞いたもの、見たものが偶然自分の中で爆発して、偶然響いたものを書きとってる、という風に思ってるので。それに沿うように言葉を探して配置する、という感じがします。

H:なるほど。

 

 

Smoke Dreams - Helen Ward

 

 

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