2021.01.10 Inter FM「Daisy Holiday!」より

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H:えー…なにをお話ししましょうか?(笑)顔が見えないな…

朝吹:私の顔は、でも、ほぼマスクなので…(笑)

H:(笑)

朝吹:きょうはよろしくお願いします。

H:よろしく、こちらこそ。

門間:えー、本のほうが、12月に発売になる…

H:僕のね。

門間:はい。それを朝吹さんに先に読んで頂いてて。元々、細野さんの音楽をお聴きになっていると伺ったので…

H:いま顔が見えた(笑)そうですか。申し訳ない。

2人:(笑)

 

 

Daisy Holiday。今週は昨年11月に対談し『文學界』1月号に掲載された、小説家・朝吹真理子さんとの対談を編集してお届けします。

 

 

朝吹:えっと。細野晴臣さんのお名前は昔から知っていて。初めて買って聴いたのは…2011年に『HoSoNoVa』を買いました。

H:おお。

朝吹:ちょうどそのときに、前後する形で…細野さんが採集された民族音楽のCDの選集がすばらしい、というのを聞いて。最初の小説を書く頃にそれを聴きました。

H:あ、そうなんだ。

朝吹:それは今も持ってるんですけど、なんというか…自分が今まで古語がすごく好きなんですけど。古語辞典を読んでるときに、かつて生きていた人たちがくちびるを震わせていた肉声があったりした、ということを、古語を読むときに感じるんだけれども。

H:なるほど。

朝吹:その古語の声というものをなかなか…文字を読んでいるときに、どんな声なんだろう、とか想像していて…古語辞典って絶滅した言葉たちの集まりだと思って化石を見るような形で見ていたんですけど、最近古語辞典を読んでいると、実はクマムシみたいに起きるのを待ってすごく長く眠っている言葉たちに見えるようになってきて。

H:生きてるね。んー。

朝吹:ある瞬間になにか今の、現在の言葉とぶつかったりしたときに、また新しい命になって古語が息を吹き返したり、昔の人たちの声がワーッと出てくるんじゃないかと思うことがあるんですけど。そのことを最初の選集を聴いてたときに、人間のひとつの声や節にはかつて歌われてきた数々の肉体を通った人たちの時間というのが流れていて、それが採集されていま自分の耳にこうやって届いているということを本当に幸せに思いました。

H:なるほど。

朝吹:それが細野さんの音楽に出会う前に細野さんのお仕事として知ったよろこびです。

 

 

成人式の歌 

(from『Ethnic Sound Selection Vol.1: ATAVUS 祖先』) 

 

 

 

朝吹:それで…実は2011年に高輪に引っ越しをして。

H:え!近い。おんなじテリトリーだ(笑)

朝吹:そうなんです(笑)だからすごく懐かしくて。2014年に引き払ったので3年間だったんですけれども。よく歩いて…往復すると1時間くらいかかっちゃうんだけど…

H:高輪はちょっと遠いもんね。

朝吹:はい。その屋上にペントハウスがあって。そこは祖父が使っていた場所だったんですけれども、そこを一人暮らしの部屋にして。

H:いいなぁ。

朝吹:ものすごい暑くて…朝、鼻血が何度か出ました。暑すぎて…(笑)

H:それは過酷だな(笑)

朝吹:そのときにレコードと、祖父が死んでから十何年間使われてなかったスピーカーがあって。それをつないで音楽を聴こうと思ったときに、『HoSoNoVa』を。

H:へぇ。

朝吹:それは音楽評論家の湯浅学さんと会ったとき、今度引っ越ししてレコードで音楽を聴きたい、って言ったときに…まぁレコードとCDと両方あってそのとき最初はCDを買ったんですけど。「『HoSoNoVa』はすごくいいから聴いたら気持ちいいと思うよ」って言われて。

H:それは湯浅さんに感謝しないと…うれしいな。

朝吹:それで『HoSoNoVa』を…ホントにね、ものすごい回数聴きました。

H:ちょうど震災の直後ですよね。あの頃の僕は聴くものがなくて。でも、自分のを聴いてる人がいるな、というのは噂では聞いてたんですけどね(笑)そういうふうに聴かれてたんだな、と思って。そんないっぱい?

朝吹:はい。それで、やっぱり音っておもしろいな、と思ったのが…最初はスピーカーが寝ぼけた音をしていて。でも毎日電気を通してると、だんだん…おじいちゃんの冷たい指先も温かくなってくるっていう感じで…(笑)

H:(笑)そういことあるね。

朝吹:だんだん温かくなってきて…ちょうど天井からふわぁっと落ちるような感じで音が聞こえてくるので、細野さんの声がおくるみみたいになってて。

H:おくるみ…(笑)

朝吹:あの、赤ちゃんの…

H:あー、なるほど。

朝吹:すごく気持ちがよかったです。YMOのことは知っていたんですけども…YMOと出会うというよりも、細野さんの『HoSoNoVa』に出会う、という感じです。それまでもYMOは知っていて…なぜかというと母が音楽の仕事をしていて。実はYMOのいちばん最初のデビューの…もう無くなっちゃったライヴ会場に母は行っていて。

H:へぇ。

朝吹:それで「半分の人が出て行ったけれども、私はとても好きだと思った」と言っていました。

H:あれ…出て行っちゃった、っていうライヴはなんだったっけな…(笑)

朝吹:そのときは怒って出て行った人とかもいたんだけど、それも含めてよく憶えている、と言っていたのを聞いたことがあったんですけど。

H:へぇ、そうなんですね。

朝吹:でも、そうなんだ、という感じで…そのときは音楽として出会うというよりも「母の好きな音楽」として聴く、という形でした。

H:なるほどね。あれ、お母さんはおいくつ?

朝吹:えーと、細野さんが1947年…母は48年生まれです。

H:あ、ホント?近いなぁ。

朝吹:ビートルズのライヴに行きたかったけれども学校で禁止され、ウッドストックの映画を観て感激してロンドンに行ったりしていました。

H:話が合いそうだね(笑)

朝吹:(笑)

H:でも、YMOが最初じゃなくてよかった(笑)

朝吹:(笑)『HoSoNoVa』と、細野さんがセレクトした選集が最初でした。

H:うんうん、それはいい出会いかもしれない。

 

 

悲しみのラッキースター - 細野晴臣

(from『HoSoNoVa』) 

 

 

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朝吹:細野さんの音楽をいろいろ聴きますと…「わたくし個人ではない記憶を、どうしてこんなに思い出すような音楽なんだろう」と不思議に思います。

H:へぇ。

朝吹:三木成夫の『内臓とこころ』がとても好きなんですけども、三木成夫の考えとかも思いましたし…なんて言うんですかね、自然の長い歴史のリズムというものが人間の中に流れているということ。

H:そうね。

朝吹:それを[細野さんの]音楽を聴いて感じていて。それは私個人が感じたというよりも、誰かの記憶として知っているようなことを思い出すような…そういう不思議な音、音楽だな、と思います。

H:なるほど。

朝吹:で、それを…何回も生まれ変わったりしているわけではない細野さんが1回の人生で、いろんな音楽でやっているということが、結構怖いなと思います(笑)

H:怖い?(笑)でも…朝吹さんの本を僕はまだ…これから読むんですけど(笑)なんとなくですよ?非常に音楽的な感じがするんだよね。いや、読んでないからアレなんだけど…(笑)たぶんあってると思う。

朝吹:(笑)

H:とても音楽的な、響きのある本…のような気がする。で、いま仰ったことは…たとえば僕の中にある音楽的なイメージというのは「思い出す」ということに近いんですね。だから夢を見てて、起きて思い出すけどなかなか思い出せない、ということにすごく近くて。いつもそうやって、記憶を思い出そうとする行為。それがだんだん深くなってくると、過去の歴史的な音楽に触れていかざるを得ないというね。で、自分が作るんだけど、自分が初めて作った音楽じゃない、という気持ちがいつもあるわけだ。誰かしらが過去に作った音楽を思い出していたり…それは名もない音楽かもしれないけど。

朝吹:ちょうどまさに、メモで…「夢で鳴っているけれど、起きると忘れる音」というふうに思いました。とくに『はらいそ』のアルバムを聴いているときに思ったことがあるんですけど、細野さんは古生代の海を泳いでいたことがたぶん、かつてあったと思います。

H:あったんだろうね(笑)みんなそうだよ。

朝吹:私もきっと何かで泳いでいたと思うんですけど…(笑)それで、阿弥陀如来の…折口信夫が山越しの阿弥陀像を見て『死者の書』を書いたときと同じ山越しの阿弥陀像…だったと記憶してるんですけど。

H:うん。

朝吹:それを京都博物館で見させてもらったことがあって。そのときにエッセイを書いたんですけれど、その山越しの阿弥陀像は阿弥陀さんのお胸のところがボロボロになっていて。なんでこんなに剥落しているんですか?って訊ねたら、昔はそこから五色の糸を長く垂らして…死ぬときにその阿弥陀さんを床の間にかけて、阿弥陀さんを見ながら五色の糸をつかんで亡くなる前に来迎を待った、というのを教えて頂いたんです。

H:それは初めて聞くなぁ。

朝吹:そのとき…資料室だったんですけど、寝そべらせてもらって。昔の人が死を迎えるときの気持ちを…まぁ資料室だから光とかはぜんぜん違うと思うんですけど、感じるために10分ぐらいじっと見ていた。

H:うんうん。

朝吹:で、そのときに金色の光が揺れて…おそらく死に際だと、昔だからもっと光も暗くて、ろうそくにちらついているとさらに光って。糸がゆっくり揺れて自分のところに…そう思っていると、一筋に貫かれて、身体を置いて心が飛んでいく、というふうにきっと思えて…死がかなり安らかなものになったんじゃないか、という昔の人の気持ちを体験した気がしたんです。800年前の人の気持ちを。

H:うん。

朝吹:そのとき…阿弥陀如来がこの世をじーっと見つめているときに、おそらく雲の向こうから音がたくさん鳴っているような気がしていて。その音が聞こえたような気がしたんです。それは…私には「聞こえたような気がした」という、ほとんど気配のような感じだったんだけれども、きっとこういう音を細野さんはたくさん捕まえて音楽にされているんだろう、と思って。この阿弥陀如来の絵を見たときのことを思い浮かべました。

 

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H:そうか。なるほどね。いや…プロの音楽家ってそういうことじゃダメなんじゃないかなと思うんだよね(笑)いつも音が鳴っててね、それは雑音に近いからね。音楽をやってない人のほうが純粋にそういうのを受け止めるというかね。ただ表現ができないだけで、感じてるっていう人は多いと思うのね。職業音楽家はそういう余裕がない、っていうかね(笑)でも、僕はなるべくそっちに近づこう、と。いつも真っ白になって音楽を紡ぎ出すっていうかね。過去のことは全部忘れて…なるべくそうやって音楽に接したいと思うんだけど。まぁでも、そう思わない限りいつも雑然としてるね。今どきの音楽はどうかな、とかね。いろんなことを考えちゃったりね。お仕事の場合はそういう、デザインに近いようなことをやったりするけど。やっぱりソロアルバムでは…いま仰ったような、繊細な音をつかみたいな、というのはありますね。んー。

朝吹:なんか、音を作っているというよりも、世界に流れている音がキラッとやってくるような感じがします。

H:うんうんうん。そう…かな?(笑)

朝吹:そう思いました(笑)

H:あ、思う?それはうれしいですよ。

 

 

Retort ーVu Jà Dé ver.- - 細野晴臣

(from『Vu Jà Dé』) 

 

 

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朝吹:私はこの長い…果てしなく長い伝記本を…(笑)

H:読んだの?

朝吹:はい、読みました(笑)

H:それはもう、ご苦労様…(笑)

門間:(笑)

朝吹:おもしろいな、と思ったのは、細野さんはホントに…すごく昔から生きていて、世界を見て、いろんな音楽を聴いてきたような感じがするんだけれども、やっぱり肉体は1回だから、一応リニアな線があるんだな、というのがわかりました(笑)

H:それはそうだ(笑)

朝吹:すごくおもしろかったのが、子どもの頃の物売りの声のところのお話と…

H:あー、はいはい。

朝吹:ピアノの…お母様のおじいさまの調律の音と…それから、近くの電気ノコギリの…

H:材木を切る音です。うん。

朝吹:それが絶えず流れていたという…

H:そう、毎日。毎日聞いてた。

朝吹:それがすごく腑に落ちるというか…物売りの声って時間を教えてくれるし季節を教えてくれるし。あとはやっぱり、遠くから運ばれてくるにおいを教えてくれるし。

H:そうだね。

朝吹:江戸時代から…へたしたら中世からも続く、物を売り歩いている人たちの気配があって。私は物売りの声を、残念ながら…

H:もう無くなっちゃった時代…

朝吹:に生まれてきたので…実は「江戸東京大鑑」っていうCD-ROMに物売りの声がちょっとだけ入っていて。それを大学時代に、江戸時代の勉強をするときにちょっとでもそういう声を聴いてみたくて。レコードの収録されている音を図書館で聴いたり。

H:なるほどね。いや、僕もそれを聞いてたのは小学校の3年生ぐらいだから…10歳ぐらいまでしかないなぁ。その後どんどん無くなってっちゃったんで…最後の「らう屋(羅宇屋)」さんっていうのを僕は聞いてるんで…らう屋って言ったって、今は通じないんですけどね(笑)

朝吹:初めて知りました。あれはタバコの…

H:煙管の掃除屋さんで…

朝吹:すごくニッチな商売だなぁ、と…(笑)

H:それはすごく記憶に残っていて…江戸時代みたいな話だと、自分でも思いますね。そんなのがまだ残ってた。蒸気を発しながらね、屋台が遠くからやってくるんですけど。途切れない音でピーッていうのがだんだん近づいてくる。母方の祖父が一緒にいるときにその音が聞こえてきて、あれはなんだ、とおじいさんに訊いて。祖父は煙管をやってましたからね。煙管でタバコを吸ったり。パイプが多かったけど。そしたららう屋だと教えてくれましたね。

朝吹:煙管ってよさそうですよね。

H:煙管、あこがれますね。

朝吹:私は咽やすいのでタバコはぜんぜん吸わないんですけど…

H:あ、すみません、僕はタバコ吸うんで…(笑)

朝吹:いえいえ、どうぞ。タバコって余白があってすごくいいですよね。点けて、無言でいられる…

H:そう。それがないとなんかもう、なにしていいかわからないっていう…(笑)

朝吹:空間に煙がゆっくり流れるのもきれいだし。タバコが最近なぜかやり玉に挙がってるけど、悲しいですよね(笑)

H:うん。アメリカに行ってネイティヴ・アメリカン…まぁインディアンですけど。案内されてアナサジっていう古代の不思議な遺跡が見える丘に登って、ここでタバコを吸うんだ、と教えられて。その…先生みたいな人なんですけどね、インディアンの。一緒にタバコをふかすんですね。それは古代から天と自分をつなげる煙が大事なんだ、と。だから肺に吸い込む必要はない、って言ってましたね。

朝吹:それを聞いたら、俄然…(笑)

H:吸わなくてもいいからね(笑)煙だけでも。

朝吹:でも、すごく…スーッと白い煙が流れて、やわらかく消えていって。今ここに自分が存在しているんだ、っていう感じが…父がタバコ喫みだったので、父の隣で見てると「この瞬間ここにいる」という感じがすごくする…

H:なるほどね。

朝吹:しかも、しゃべらなくてもいいけど、そこにいることを肯定している感じというか。それがすごくいいものだな、と思っていたら…

H:そうですよね。しゃべらなくていい、っていうのがすごくいいんですよ(笑)

 

 

Smoko Memories - 細野晴臣

(from『NO SMOKING』) 

 

 

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