2019.10.13 Inter FM「Daisy Holiday!」より
H:こんばんは。細野晴臣です。えー、きょうも先週に引き続いて、伊藤ゴローさんに来て頂いてます。
ゴ:よろしくお願いします。
H:よろしくね。ジョアン・ジルベルト(João Gilberto)特集です。
ゴ:はい。
H:早速だけど、「ジルベルト追悼アルバム」とか、考えてないんですか?
ゴ:えー…たまに「作ったらどう?」みたいな話はあるんですけど。
H:あるでしょうね。
ゴ:細野さん、どうですか?
H:いや、僕?(笑)手伝うけど。
ゴ:え、ホントですか?
H:作るときは。うん。
ゴ:じゃあ作ろうかな。
H:ぜひぜひ(笑)
ゴ:いいこと聞いた(笑)
H:聴きたいですよ。
ゴ:(笑)
H:ジョアン・ジルベルトってブラジルで…亡くなった後どういう感じなんだろう、いま。
ゴ:そう、ですよね。
H:なんか、どういう…やっぱり大人気でしょ?
ゴ:まぁ、そうですよね。
H:だろうね(笑)
ゴ:葬式の映像をちょっと観ましたけど、棺の前でみんなが"Chega de Saudade"を歌っている…
H:やってた?感動しちゃうね、それは。
ゴ:そういうのを観ましたけど。特別な人ですよね、きっと。
H:ね。特別だよね。「神様」って言われてるけど、そんな感じだよね(笑)
ゴ:神様ですね、うん。
H:じゃあ、神様の曲、ちょっと聴かせてください。なんか選んで。
ゴ:そうですね…なにがいいんでしょうか…
H:なんでも。
ゴ:(笑)そうですね、じゃあ…"Chega de Saudade"、「想いあふれて」が1958年。
H:そんな前なんだね。んー。
ゴ:それと同じ年、次の…シングルって言わないかな(笑)SPなんですけども、"Bim Bom"っていう。
H:はいはいはい。
ゴ:これもスキャットの…
H:先週、話は聞いてるね。んー。
ゴ:"Bim Bom"、これも細野さんにはピッタリかな、と思って。
H:本当?ちょっと聴いてみましょうか、じゃあ。
Bim Bom - João Gilberto
H:"Bim Bom"。若いよね、これはいくつぐらいなのかな?
ゴ:えーとね、20代後半。
H:20代!変わんないよねあんまり、声が(笑)
ゴ:でも、ね?少し声が元気な…(笑)
H:そう、ちょっと高い。うん。元気がいいね、まだ(笑)その後、すごいよね。どんどん声が…沈んでいくというか、なんというか。
ゴ:そうそうそう。
H:内向的になってくるというかね。
ゴ:んー。
H:で、ジルベルトさんの音域と、幸い僕がちょっと近いんだよね。
ゴ:いやいや、すごく、こう、同じ…
H:同じとは言わないでください、おこがましい…(笑)
ゴ:同じ帯域というか。
H:帯域が似てるよね、たしかに。
ゴ:うん。
H:だから…他の人は普通、もっと高いからね。男の人って。高い、っていうのは僕に比べて。どっちかって言うと女性の帯域に近いんですよね。
ゴ:あー…
H:なんだろうね、これは。しょうがないんだけど。持って生まれた帯域なんでね。だから、歌いにくくはない、ですよね。
H:その…「いっしょに歌ってくれ」、って言われた難しい曲はスタン・ゲッツ(Stan Getz)ですよね?
ゴ:はい、そうですね。
H:その頃のニュー・ヨークっていうのは…それは何年だ?
ゴ:えーとね、1963年?
H:あー、そっかそっか。それで、どういう状況だったか知らないけど、アストラッド・ジルベルト(Astrud Gilberto)がそこにいたわけだね。
ゴ:はい。
H:いったいどういうことになったわけ?あれ。
ゴ:そうですよね、あれは…まぁ、ジョアン・ジルベルトの当時の奥さん。
H:ですよね。美人の奥さんがいて。
ゴ:で、彼女もシンガーであったらしくて、彼女に歌わせよう、という。それはジョアンが歌わせたいのか、ちょっとまぁ遊び…軽い気持ちで、「1曲、歌わせちゃあどうだ?」みたいな(笑)
H:(笑)
ゴ:そういうことらしいですけども、まぁ、プロデューサーのクリード・テイラー(Creed Taylor)が…
H:「これは当たるぞ」みたいなことだろうね。
ゴ:そうですね。
H:クリード・テイラーね。それで、ジョアンは落ち込んだのかな?そんなこともないの?
ゴ:いや、落ち込んだと思いますよ。
H:落ち込むよね。
ゴ:だってアルバムのほうではジョアンが歌って、アストラッドも歌って、というヴァージョンがあるのを、ジョアンの歌をカットしてアストラッドの歌でシングルに…(笑)
H:それは、心外だろうね。
ゴ:そうですね。一応、「ジョアン・ジルベルト&スタン・ゲッツ」みたいな。『Getz/Gilberto』っていうアルバムじゃないですか。
H:そうそうそう。そこにアストラッドが出てきちゃう(笑)
ゴ:シングルはアストラッド・ジルベルト名義なので…
H:これはやっぱり、アメリカのね、ポップス業界のなにかにやられちゃって…
ゴ:ねぇ(笑)どうだったんでしょうかね。
H:いやー、気持ちはわかるような気がする。だから、混乱しちゃうよ、その後、聴くと。『Getz/Gilberto』だとジョアンが歌ってるけどね。
ゴ:ですよね。
H:その頃の…あの難しい曲、なんだっけ?
ゴ:"P'ra Machucar Meu Coração"。
H:それそれ(笑)いまだに覚えられない(笑)それ聴こうかな。
ゴ:ぜひぜひ…細野さんの[カヴァーした音源]を聴くということ?
H:僕、持ってない(笑)…というか、ここにはない…お、ある?僕のを聴くの?
ゴ:いや、聴きましょうよ。
P'ra Machucar Meu Coração - 細野晴臣
(from 『Getz/Gilberto +50』)
H:やっぱりやめようよ(笑)
ゴ:これ、教授(坂本龍一)がピアノ弾いてる…
H:そうそうそう。すごいメンバー。
ゴ:すごいですね(笑)
H:じゃあ聴こうか(笑)サックスは清水くん。清水靖晃。
ゴ:そうですね。
H:恥ずかしいな…(笑)お邪魔だよ、これ。
ゴ:そんな…難しい歌ですよね。
H:難しかった。
H:いやいやいや、冷や汗ものだよ(笑)
ゴ:いやー、良いですね。
H:これはすごく原曲に忠実にやってますよね、みんな。演奏もね。
ゴ:そうですね。
H:原曲をかけるチャンスが無くなっちゃった(笑)
ゴ:とても素敵です、これ。
H:いやー、良い曲だなぁとは思いますけど…(笑)
ゴ:(笑)
H:これは難しかったなぁ、と思って。
H:でも、その後、クリスマスの…あれは"赤鼻のトナカイ(Rudolph the Red-Nosed Reindeer)"、やったよね?
ゴ:はい、細野さんに歌って頂いて…(笑)
H:あれはね、すごい好きなんだよ。あれは楽っていうか、気持ちよかった(笑)
ゴ:僕も好きですね(笑)
H:いいよね。あのときの弦アレンジとかすごいなぁ、と思ったんだよ。
ゴ:ホントですか?(笑)
H:うん、ちょっとアヴァンギャルドで。
ゴ:お恥ずかしい…(笑)
H:なんか、またやってほしいなと思うんだよね。
ゴ:あ、ホントですか?
H:うん。ホントホント。
ゴ:やっていいですか?(笑)
H:いいよいいよ!やってよ(笑)
ゴ:いやー、うれしいな、いろいろ…
H:やることはいっぱいあるよ。
ゴ:そうですね…いや、ちょっと、計画します。
H:ぜひぜひ。
ゴ:なに聴きます?
H:なに聴こうか。いや、聴きたい曲はいっぱいあるよ。でも長いんだよね。
ゴ:そうなんですよね。
H:えーと…なんかある?「これ聴いてほしい」。
ゴ:いやー、長いんですよね。
H:いいよ、長くたって。
ゴ:そうですね……なにがいいですか?
H:(笑)たとえば…かけたいのは僕、"Águas de Março"。「マルコ」でいいの?
ゴ:「アグアス・ジ・マルソ」?
H:「マルソ」だ。ポルトガル語、わかんないんだよな。
ゴ:これいきます?じゃあ。
H:いっちゃおうかな。
ゴ:"三月の水"?
H:そう、"三月の水"だ。
ゴ:5分24秒あります。
H:長いね…他の人のはみんな2分台なんだよな。
ゴ:そうなんですよね。やり始めると止まんないんですよね、この人。
H:止まんないんだね。んー…「マルソ」か。「マルコ」って読んでたよ、ずーっと。やんなっちゃう(笑)
ゴ:(笑)
H:読めない…(笑)
ゴ:まぁ、「マルコ」でも…(笑)
H:なんか…ポルトガル語とスペイン語って微妙に違うじゃない。
ゴ:そうですね。
H:スペイン語だと「フォアン」になるよね。「ジョアン」じゃないよね。
ゴ:そうですね。この「de」が「ジ」っていう発音に近いみたいで。
H:なるほどね。勉強しよう。じゃあ"Águas de Março"。これはアントニオ・カルロス・ジョビン(Antônio Carlos Jobim)の曲ですね。
ゴ:うん。
Águas de Março - João Gilberto
(from 『João Gilberto』)
H:この曲についてゴローくん、なにか思うことがあるの?
ゴ:いや、思うことというか…僕が勝手に思い馳せてることがあって。
H:聞きたい。
ゴ:ちょっと話すと長くなるので、掻い摘んで…(笑)
H:掻い摘んで。ぜひ。
ゴ:この曲の後半のところ、ハーモニーが変化して…いわゆるコーダ的なところがあるんですけども。実は、このレコーディングは、ジョビンよりジョアンのほうが先なんですよ。
H:え!それは知らなかった。
ゴ:そうなんですよ。でも、元々の…プロトタイプの"三月の水"っていうのがあって、それはブラジルでジョビンがレコーディングしてるんですよ。シングルのような形で。
H:知ってる、それは。
ゴ:本当の原型みたいな…
H:それは残って無いんじゃないの?あるの?
ゴ:一応、あるんですけども…当時、ダブルシングルというか、他のアーティストといっしょのシングルみたいのがあって。
H:なるほど。
ゴ:それがいちばん最初なんですけど、それ以降は…ジョアンのこのレコーディングのヴァージョンのほうが先なんですよね。
H:それは知らなかった。
ゴ:で、そのプロトタイプの"三月の水"にはコーダ的なハーモニーの変化はないんですよ。
H:もっとシンプルなわけね。
ゴ:だから、ジョアンがそれを…
H:作った?
ゴ:もしかしたら…
H:あー…
ゴ:ここはジョアンのアイディアなのではないか、という…かなり独りよがりな…(笑)
H:いやいやいや(笑)そういう話、好きだな。
ゴ:そうなんですよ。で、僕なんかは、もしかしたら、ジョアン・ジルベルトがジョビンに対して「こんなアレンジはどうだ?」っていうメッセージというか…
H:そうだよね。
ゴ:だったんではないかという、ものすごい仮定を…
H:ジョビンとジョアンっていうのはすごく親密なんでしょ?
ゴ:そうですね。ただ、本当に初期の頃…"イパネマの娘(The Girl From Ipanema)"、『Getz/Gilberto』以降は、交流ないんですよ、実は。
H:あ、そんなに前から?
ゴ:そうなんですよ。ただ、ジョアンはジョビンの曲をずっと取り上げていたわけですよね。新しい曲も。
H:そうだよね。
ゴ:なので、2人の間にはなんというか、音楽でのやり取りというか。
H:そうだよね。[実際には]会わなくても。
ゴ:あったので、ジョビンもジョアンのために曲を作ってただろうし、ジョアンもジョビンのメッセージをちゃんと…なんというかな、応える形でレコーディングをしていた、と。
H:すごい意識してただろうね、2人は。それはそうだと思うよ。
ゴ:なんていうのは僕の…さっきのDVDにちょっと書いたんですけどね。
H:うん、書いてあるね。みなさん、読んでくださいね。
ゴ:(笑)
H:これは貴重なものだからね、このDVDは。宝物ですよ。
ゴ:はい。
H:じゃあね、これも長い…"Izaura"。
ゴ:あ、いいですね。
H:すごい好きなんだよなぁ。いいですか、これで。
ゴ:はい。
H:じゃあ、これで最後かな?曲は。じゃあ、ジョアン・ジルベルトさん、安らかにお眠りください、ということで…いつか、またやりましょうね。
ゴ:ぜひ、お願いします。
H:伊藤ゴローさんでした。どうもありがとう。
ゴ:ありがとうございました。
Izaura - João Gilberto
(from 『João Gilberto』)
ゴ:実はこのパーカッションの秘密、というか。
H:秘密があるの?
ゴ:この話をするのを忘れた…(笑)なんか、[自分が]ブラジルに行ったときに奥さん、ミウシャ(Miúcha)に、これはなにを叩いてるんだ?って訊いたんですよ。ハイハットじゃないし。
H:じゃないんだよね。
ゴ:そしたら、「ザル」って。
H:ザル。
ゴ:要は、キッチンにあるカネ(鉄)のザルをブラシで叩いてる、と言ってたんですよ。
H:ほほう…おもしろいね。
ゴ:ザルだったんですよ…
H:ザルだったんだ。それはよくわかるわ。僕も灰皿叩くし(笑)
ゴ:いろんなもの叩きますよね(笑)この音出したくって、いろんなものを叩きましたよ。
H:あ、ホント?(笑)ザルは叩いた?
ゴ:ザルは叩かなかった。で、ブラジル人に訊いたら、電話帳もいいんだよ、と。
H:電話帳ね。あれも近いね。
ゴ:で、やってみたんですけど…
H:違う?
ゴ:ブラジルの電話帳じゃなきゃダメなのかなぁ、と。
H:(笑)
ゴ:タウンページじゃダメなのかなぁ、と…
H:そうか(笑)鉄のザルってなかなかないよなぁ。
ゴ:そうですね。当時なので、たぶん、鉄のザルのほうが主流…だよね?台所用品…
H:なるほど。うん、ちょうどいい音だよね。
ゴ:んー。とにかく息が長いですよね。
H:そうなの。それはかなわないね。
ゴ:ビックリするぐらい長いですよね。
H:すごい。すごい肺活量。
ゴ:一息でずーっと…ブレスしない…(笑)
H:これはできないよ。タバコ吸うし。
ゴ:(笑)