2019.08.04 Inter FM「Daisy Holiday!」より
H:こんばんは、細野晴臣です。さて、今週も先週に引き続き、6月の終わりにこのスタジオで行った小山田圭吾くんとのインタビュー素材をラジオ版としてお届けします。インタビュアーはele-kingの野田努さんと、音楽ライターの松村正人さんです。
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野田:ちなみに、その…世界のここなら暮らしてもいいかな、って思うような場所ってありますか?
H:小山田くんに訊きたいね、それ。
C:僕ですか?いやー、どうでしょう…
H:(笑)
C:やっぱ東京がいいんですよね…(笑)
H:[日本に]帰ってくるとそう思うけどね。
C:そう思っちゃう。でも、まあ…僕はどこかな…
H:僕はね、発作的に…例えば、YMOでスペインでライヴやったときに、ヒホン(Gijón)っていう街でやったんだけど、その街がメンバーみんな気に入っちゃって。
C:へぇ。
H:「今度ここで待ち合わせよう」とかね(笑)言ってたんですけど。帰ってきて、神戸に行ったら、あ、神戸のほうがいいや、と思って(笑)
C:(笑)細野さん、一時期…あれ、札幌でしたっけ?
H:函館。
C:函館もいい、とか。神戸がいい、とかね、言ってた時期ありましたね。
H:港町、好きなんだよ。んー。
野田:おお。どういうところがお好きなんですか?
H:えーとね…ヒホンもいい港町なんですよね。灯りがいいんですよ。街の照明がね。ほんのり、ガス灯みたいな色の。すごくあこがれて、住んでもいいかな、と思ったけど、実は食べ物がぜんぶスペイン料理なのね。
C:(笑)
野田:そりゃそうですよ(笑)
松村:「実は」っていうことでもない(笑)
H:神戸はやっぱりね、中華、うなぎ、喫茶店…いろんなものが並んでるでしょ。やっぱり日本がすごいな、と思いますよ。
C:でも細野さん、東京以外住んだこと無いですよね。
H:無いね(笑)あ、でも…まあ、埼玉も東京みたいな…
C:あ、そっか。狭山時代がありますね。
松村:住むところで作るものは変わったりするんですか?
H:いや、ときどき考えますよ。例えばアイルランドとかね。あっちのほうのなんにも無い、野原の一軒家で、アンビエント作ったらいいだろうな、とかね(笑)
松村:すごいですね、なんかそれ(笑)
H:思うだけですね(笑)想像だけでやってますから。
松村:あ、でもそういうイマジネーションで音楽をここで作ればまた、それはそれで…
H:そういうことですね。だって、僕はトロピカルの曲やってる頃は四畳半で作ってましたから。
C:四畳半だったんだ。
H:"熱帯夜"っていう曲はクーラーの無い四畳半で…
C:(笑)
H:熱帯夜の日に作ってたんですよね(笑)だから、こう…無いものにあこがれて夢想する、っていうのはいいんじゃないかな。
野田:四畳半からこうやって…飛んでいくんですね。
C:イマジネーションでね。
H:実は6畳ぐらいあったかもしれない。
C:(笑)
松村:そこはいま厳密にないですね、たぶん(笑)
野田:「四畳半トロピカル三部作」って感じだったんですね。それカッコいい…カッコよくないか(笑)
H:カッコよくはないでしょう(笑)
松村:まあでも、そうやってイマジネーションでいろんなところ行けるから、実際に飛行機とか乗るよりも空想で行くほうが細野さん的なのかもしれないですね。
H:そうなんですよ。自分には向いてますね、そういうほうが。
熱帯夜 - 細野晴臣
(from 『TROPICAL DANDY』)
野田:細野さんはいろんな国の音楽なども聴かれて、取り入れたりされてますけど、新しい発見とかってありますか?ここ最近。
H:いまはね、水平世界じゃなくて垂直世界のほうに入り込みますから。
野田:「垂直世界」というのは?
H:「時代」ですね、「時間」。やっぱり1930年代、40年代、50年代あたりの空間が好きなんですよ。
野田:んー…
H:それを今の、現実の世界に当てはめたりもしますけどね。ニュー・ヨーク行ったら、あ、あるな、とかね。そういう世界が。
野田:まだ残ってる?
H:残ってる。で、東京でもまだ探しますけど、どんどん消えてく。今年になってどんどん消えてる、っていう。
松村:この辺りは、でも、まだ古い東京が残ってますね。
H:まあ、ある程度は残ってます。こないだやってましたけど、テレビで…「ブラタモリ」で。
野田:その戦前…というか、30年代から50年代にかけてに興味が働いたきっかけはなんだったんですか?
H:なんなんでしょうね…
野田:自然とそうなったという感じなんですかね?
H:そうですね。
野田:もう、地球上のあらゆる音楽は聴き尽くした感、というところで、むしろ歴史を遡ったほうが発見がある?
H:そのほうが発見が多いんですよね。昔の音を聴くと、今はできない、と思うんですよ。若い頃は、例えばカリブの音楽を聴いても、あ、できない、と思いましたけど。いまは、40年代の音はどうやって作るんだろう、とかね。そういう興味がすごいあるんですよ。
松村:テクノロジーは進んでるわけじゃないですか。そういうシミュレーションというか…できそうな感じがありますけど、細野さんとしてはそれは違うものなんでしょうか。
H:んー、まあ僕もシミュレーションでやってたりしましたけど。なんだろうな…東京の、特に港区なんかはどんどん古いものが無くなって。新しいものばっかりになってる。それは音楽もそうなんですよね。古いものをみんなが好きかっていうと、そうでもないし。誰かがこれを残していかないと…エッセンスっていうのがあるんで。それがどういうものなのか、言葉で表すのはちょっと難しいけど、当時のスタジオの空気とか、マイクの性能もあるだろうけど。人々の生活のリズムというか、生活の音が缶詰のように昔の音楽には詰まってるんで。なんか、ドキドキするんですよね。んー。
松村:その感じっていうのはどうなんですか、小山田くんの中では。音楽を時代、垂直に考える、みたいな。
H:生まれた世代が違うからね。
C:まあ、違いますけど、その時代にしか生まれない音楽っていうのはぜったいにあると思うんですよね。いまの時代の雰囲気の中ではぜったいに生まれない音楽、っていうのはすごいたくさんあると思うし。まだ…1950年代くらいまでって未来に対する希望しかない、みたいな感じだったじゃないですか。
H:そうそうそう。
C:だからやっぱり、その時代までの音楽は曇りなく希望を歌えてる、っていうか。希望を奏でられてる感じ、っていうのがあるんですけど、70年代以降の音楽って翳りみたいなものがどうしても混じってきちゃって。そこはなんか…感じることはありますけどね。「おんなじような曲」は作れるけど、やっぱりなんか違いますよね。
H:あの頃の音楽をいま作っても通じていかない、っていう虞もあるし。だから50年代くらいまでの音楽は僕にとっては「あの世の音楽」って言ってるんですけどね(笑)この世、じゃなくて。今となっては。
C:「Heavenly Music」(笑)
H:(笑)
C:その感覚はなんか、わかりますけどね。
野田:お2人とも日本のミュージシャンの中ではものすごく「音」というところに重きを置いてるっていうか、繊細な耳で作業されてるお2人だと思うんですけど、お互いの作品を聴いても「音」に注意を振り向けてるって感じは…小山田さんは細野さんの作品を聴いても感じますか?
C:もちろんです。
H:ありますよね。
松村:そこはすごくお2人、僕は似てると思っていて。やっぱり「音の探究者」っていうところですよね。それもポップ・ミュージックというフィールド内での探究者…みたいなところはすごく共通してるな、という風に思うんですけどね。
野田:『Point』で細野さんが小山田さんに注目した、っていうのもそういうところに[理由が]あるのではないかな、と。
H:うん、ありますね。やっぱり、世代の違いなのか…
野田:さっき(先週分)は「同世代」だと思われてましたけど…(笑)
H:そうね(笑)
C:もうわかったでしょう、違うって(笑)
H:わかってきた(笑)
野田:ようやく理解して頂いた、っていう(笑)
H:まあ、若者である小山田くんはね、僕とは違う、音楽への視点がある、っていう。それはなんだろう、と思うと、やっぱり「デザイン性」なのかもしれない。
野田:なるほど。
H:それは今の音楽もそうなんですよね。だから、今の音楽なんですよ。、小山田くんの音楽は。
野田:それは「作曲する」というのとは違うものですか?
H:作曲とは違う…なんだろうな、昔から旋律と和音とリズムっていうのが音楽の要素だったのが、今はそれが分解されてるっていうか、もうちょっとデザイン的になってる。だから、ファッションもそうなんだろうけど。そのファッション性っていうのは僕には希薄なんですよね。それを小山田くんは…若いからね(笑)持ってる、と。それはすごい感じる。
野田:逆のベクトルになってきましたけど…(笑)どうですか、小山田さん?
C:いや…でも、そういうサウンドデザイン的なことはもう、細野さん、昔からやってるから…(笑)先駆者だから…
H:話がグルグル…(笑)
野田:結局、どっちが先かの押し付け合いになってますけど…(笑)
Fly - Cornelius
(from 『Point』)
松山:でも…たまに小山田くんと話すことで…ある時期から時間が止まってる、というか。新しいものが出なくなってきてるんじゃないか。例えば『Point』をいま聴いても古い感じがしない。
H:ぜんぜん古くないよね。
松山:でも、細野さんの『Philharmony』にしても『Omni Sight Seeing』にしても、いま聴いてもぜんぜん古くないじゃないですか。だから…例えば60年代・70年代っていうと、5年前ってすごく古く感じたじゃないですか。そういう意味で言うと、時間の流れる感覚っていうのが21世紀に入ってすごく変わった感じがするんですけど。やはり細野さんもそう思われます?
H:思いますね、ええ。なんだろう…この先どうなるの?っていう不安…不安じゃないな。不安はないんだけど…興味がありますね。んー。なんか、行き着くところまで行って飽和状態、っていうのかな。で、いま起こってることは「音像の変化」なんですよね。あとはデザイン性の強い音楽とその音像がピッタリ合ってる。ヴァーチャル化してる。それがいつまでもつんだろう、っていう興味はありますね。それが新しいかどうかはわからないけど。
松山:んー…
H:ついこないだ小山田くんの…あれ、何年前だっけ?
C:2年前ですね。
[*2017年の『Mellow Waves』。その中の1曲を細野さんがリミックスした音源が収録されている『Ripple Waves』は2018年秋にリリース。]
H:2年前か。リミックスをやらせてもらったじゃない?そのときはまだね、[そういう]意識が無かったんだよね。いまやったらきっと違うものができるかな、っていう。そういう気持ちでずっといたんだよね。小山田くんはどうなんだろうね。
C:はい。
H:最近の流行りものの音を聴いてどう思う?どう感じる?
C:んー…どうなんだろうな……でも、細野さんが言ってることはわかります。音像だったり、ヴァーチャルっていうところだったり。いまプラグインとかソフトとかも、どんどんシミュレーション的な…今まではサンプリングして使ってたのがもう完全にシミュレーションで出来るようになってきてて。生楽器とかもだいぶシミュレーションで…ほぼわからない[=区別がつかない]、みたいな。
野田:ギターとかでもですか?
C:ギターはまだ…でも、だいぶ良くなってますね。ベースとかもそうだし、ドラムとかもそうだし。サンプリングのちょっと先に行ってる、っていうか。あとは、空間にどういう風に音を配置するか、みたいな。
H:うん。
野田:そういうところもコントロール可能になってる?
C:まあ…もうちょっと前から可能だったとは思うんですけど、そういう曲が多いっていう感じはしますけどね。でも、明確な「流行」みたいなものっていうのはやっぱり無いですよね。
松山:小山田さんは芸能生活何年目ですか?
C:芸能生活…(笑)30周年です。
松山:「芸能生活」っていうと失礼ですかね(笑)
H:ぜんぜん芸能人っていう意識無いもんね。
C:無いっすね(笑)
松山:芸能人じゃないですね(笑)失礼しました。細野さんと同じあと20年後のキャリアのときには、小山田さんはなにやってると思います?ご自分は。
C:いやー…ぜんぜんわかんないですけどね。でも…たぶん、細野さんと出会った頃っていうか、Sketch Showを細野さんがやってたのって50歳前後だったんですよね。たぶん52,53歳ぐらいなのかな。
松山:今の小山田さんよりもうちょっと上…
C:ちょっと上ぐらいな感じだったんですよね。それ考えるとホント、驚きますね。
松山:そうですよね。
C:それから細野さんも…Sketch Showやってて、アコースティックっていうか、生っぽいほうに変わりましたし。で、そこからまた、ね、こないだの『HOCHONO HOUSE』みたいな、ひとりで完全に作る、みたいなところに行ってるんで。すごい色々、変化されてるから…
松山:わかんない、ってことですね(笑)
H:そうだよね(笑)わかんないよ。計画してないからね。
C:計画…できないですよね。
松山:でも、前にやったこととはなるべく違うことをやりたい、っていうお考えは細野さんの中にはあるのではないですか?
H:それもあるし、おんなじこともやりたいし…(笑)
松山:それも決めてはいらっしゃらない、ってことですね(笑)
野田;でもそういう風に…最初の話に戻ると、細野さんのかつての作品がここ数年でようやく国際的に、真っ当に評価されたっていうのはすごく良いことですよね。それはすごくポジティブな話で。
H:んー。まだ自分ではね、理解してないんですよ。ちゃんと。受け止めきれない、っていうか。なんで?って思うことが多いんですよ。
松山:中古盤屋に行けば一発でわかりますよ(笑)
H:そうなのかな(笑)行かないから…
C:みんな細野さんのレコード探してる…
松山:「H」のコーナーからみんな探してますから(笑)だから常に無いんですよね、ディスクユニオン行っても。
H:あ、そうなんだ。あんまり自覚が無いっていうかな。ヴァンパイア・ウィークエンド(Vampire Weekend)が無印(無印良品)のやってたでしょ?
C:あー、サンプリングしてましたね。
H:そのときに、なんで?!って(笑)
C:しかも相当探さないと出てこないような曲…カセットでしたっけ?あれって。『花に水』ってやつですよね。
松山:『花に水』、どうやって手に入れたの、っていう…
C:まあ、YouTubeですよね。
H:うん、YouTubeでみんな見てるね。
C:見てますよね。
H:で、一応打診があったんだよね、あれ。やる前[サンプリングする前]に。
松山:あ、そうだったんですか。
H:いいよー、って言って(笑)
C:でも、あれぐらいの世代の海外のミュージシャン…MGMTとか、マック・デマルコ(Mac DeMarco)とかもそうだし。会うとみんな「細野さん、細野さん」言ってて。しかも相当マニアックなものを知ってるんですよね。
松山:それがちょっと違いますよね、昔とね。
H:そう、マック・デマルコは不思議な存在だね、僕から見ると。なんで"Honey Moon"日本語でやってるんだろう、って(笑)
C:(笑)
松山:マック・デマルコは最近になって新しいアルバム出したんですけど、そのレビューが海外の音楽サイトに載ってて、もう最初から「ホソノ・チルドレンであるマック・デマルコは~」って書かれてましたからね(笑)
H:ホソノ・チルドレンがアメリカ人にいるんだね(笑)不思議だな…なんか、まだわかんない、理解が及ばないところはありますね。
野田:細野さんが1930年代から50年代の音楽に感じるエッセンスみたいなものを、細野さんの音楽に感じてる、より下の世代が…おそらくいるんではないかな、という気がします。
H:時々ね、ラジオやってて…そういう音楽ばっかり、ずーっとやってますから。古いのばっかりかけて。世界でここでしか聴けないだろう、っていうのもかけたりするんですよ。岡田くん(岡田崇)のおかげでね。そういうのを聴いてるのか、若い女の子が「聴いてます!」って言うんですよね。「おかげで古い音楽を聴き始めました」っていうから、それはうれしいなって思いましたね。
野田:んー。
H:なるべくみんなにそういうことを知ってほしいと思って、実はやってるところがあるんで。例えばブギウギなんかも…僕は4,5歳の頃に聴いて、じっとしてられない音楽だったんですよ。で、いまの若い…若いっていうか、子どもがね、ライヴ観に来て、真剣な目つきで踊ってるんですよ。これはもう、トランス状態ですね。ブギウギを聴いてね。それを見て、あ、やってて大丈夫だ、と思ったんですよね。子どもはすごく大事なんですよね。
野田:そういう普遍的な部分と継承していく部分みたいな…
H:それは、なんかね…まあ、10年ぐらいやってますから、ある程度はみんなわかってもらってる、とは思うんですけどね。[同じようなことを]誰かがやり始めたらそれはそれで、いいな、と思いますね。
松山:今回、『Point』も…18年ぶりなんですよね。18年前の作品なんですよね。
H:そう、ずいぶん経ったね。
松山:だから…その年に生まれた子供がいま、もう18歳…
C:うちの息子がその年に生まれたんですよ。
H:マイロくん、ある程度指標になるっていうか、物差しになるね(笑)
C:(笑)そういえばそうだ。だから、うちの息子もいま、細野さんの音楽に夢中だし。
H:(笑)
C:悠太くんって、細野さんのお孫さんも、いまバリバリベース弾いてて。
H:そうなんです。
野田:ベース教えたりするんですか?
H:いやいや、一切…話したことない(笑)勝手にやってる(笑)
野田:(笑)
C:でもなんか、そういう…子どもたちに伝わるのって、余計な情報とかはなくて、本質的に伝わるじゃないですか。ブギウギで踊ってる子ども、とかって。
H:そう。
C:で、海外の人とかも、そういう余計な情報とか無しに、パッって音楽聴いて、「いい!」ってことだから。それがやっぱり、いちばん…
H:音楽ってそういうものだもんね、元々…最初の1小節を聴いて興奮するんだから(笑)
C:まあ、日本で普通に聴いて…日本の世の中にいると、細野さんっていうといろんなイメージとか…[その音楽を聴く]前の情報ってすごい入ってきちゃうじゃないですか。
H:うんうん。
C:だからやっぱり、海外の人とか子どもとかに伝わるのは、やっぱり本質的に伝わってる感じがしますよね。
H:あ、そういうことだな。
松山:逆にね、『Point』だって、そういう意味でいうと[リリースから]かなり経つわけだから、この再発を機に新しいリスナーが聴くと思いますよ。
H:聴くね、それは。うん。
C:だといいですね。
野田:まあでも、健全な伝わり方が…意外と今の世の中、出来るようになってるっていう。
H:そうだ、そうだ。
野田:そんな感じ…ですかね。
H:めでたしめでたし(笑)
野田:(笑)
一同:ありがとうございました。
In a Dream (Haruomi Hosono Rework) - Cornelius
(from 『Ripple Waves』)