2020.06.21 Inter FM「Daisy Holiday!」より

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 バイ・バイ・ベイビー(Single version) - 久保田麻琴

 

 

H:細野晴臣です。今週と来週の2週にわたって、先日オンラインで放送された久保田麻琴くんとのイベントの模様をお送りします。久保田くんの初期の音源がリマスターでリリースされたことを記念したトークショーからです。

 

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久保田:えー、夕焼け楽団の初期のトリオでの…トリオ・レコードというのがあったんですけど。そこの3枚がリマスターで再発になります。3枚とも細野さんに手伝って頂いて。プロデュースとかコ・プロデュース。今たまたまかかったのは夕焼け楽団というか…1枚目の『サンセット・ギャング』というアルバムと2枚目の『ハワイ・チャンプルー』の間にシングルを作ろう、ということになって。これも細野さんにプロデュース、アレンジしてもらったんですよね。たしかね。

H:なんか、みんなでやったんだと思うよ。

久保田:そうですね。でも、[集まったメンバーは]ハックルバックでしたよね?

H:そうね。ピアノは佐藤博

久保田:そうだ。

H:あとのね、記憶が無いんだよ(笑)

久保田:RIPですね、佐藤さんはね。曲もこれは細野さんの曲ですよね?(笑)

H:いっしょに作ったんだ、たぶん。ホントに記憶が無いんだけど…(笑)

久保田:作詞はたしかね…なんかカセットで細野さんのハミングをもらって、洋ちゃん(藤田洋麻)っていう…ギターのね。洋ちゃんと詩を入れた。彼が詩を書いた。

H:あ、そうだったんだね。

久保田:そうですね。たしか。そんなでした。でも『サンセット・ギャング』というアルバムを作ったときが[細野さんとの]最初の出会いというか、ご縁で。それはね、吉野さんと共同プロデュースだったんですよ。吉野金次さん。

H:それは憶えてる。突然呼ばれたんだよ。あの渋谷のジァンジァンに(笑)

久保田:そうそう(笑)ジァンジァンはいまね、「公園通りクラシックス」でしたっけ。そこの地下が吉野さんのスタジオでしたよね。

H:うん。

久保田:で、いろいろ相談して。こんな曲あるよ、と。ちょっとレゲエっぽい曲でしたけどもね。"小舟の旅"っていう曲かな。

H:あー、はいはい。

久保田:「これは細野さんがいいんじゃないか」、と。

H:そうだったんだ。

久保田:ということで、お願いに行ったんですよね。

H:なんか、すごい…恐いバンドだと思ってた(笑)

久保田:(笑)

H:すごい緊張してたの(笑)

久保田:恐くはないですけど…(笑)うん、オリジナルのドラムの人(正田俊一郎)がね、ラリーズっていうバンドの…

H:ああ、そうだ。裸のラリーズのイメージが強かったのかな、最初は。

久保田:そうそう(笑)ラリーズやりながらぜんぜんまた別の…パブロックというか。カントリーとかね、いろんな曲やってましたね。

H:そっかそっか。

久保田:カヴァーをやって、ちょっとパーティバンドみたいな。

H:なるほど。

久保田:それでアルバムを録ろうっていうことになって。でもね、ちょっと話が…なかなか曲が出てこないですけど。あのときのディレクターの長さん(長能連)っていう人、憶えてます?

H:ああ、長さん。その後もずっと長さん、いたよね。

久保田:しばらくいた。途中で…うん、最後のほうは中江さん(中江昌彦)っていう別のディレクターになったけど。長さんって憶えてます?

H:いま、言われて急に思い出した(笑)

久保田:だよね。でね、あるとき長さんが…私、北陸育ちなんですね。石川県だったんだけど。長さんが「うち、本家が金沢なんだよね」って。

H:ああ、じゃあ近いね。んー。

久保田:そう。で、だいぶ経って…1980年代になって。うちの本家というか、祖父さんの親父が伝道をやっていたような人なんですけども。

H:ああ、伝道って…

久保田:うん、ミッションだよね。カソリックでしたけどね。物書きながら、教えたりしながら。で、ちょっと墓参りに行こうかと。あんまり行ったことなかったんですよね。祖父さんの墓は別のところにあるんで。

H:んー。

久保田:曾じいちゃんのところ行こう、って。行ったらなんと、隣が長家の墓だったっていう(笑)

H:ええ?(笑)すごいね。

久保田:おそらくその人も…前田家っていう殿様の墓があって。

H:前田利家の?

久保田:そうですね。前田家ですね。野田山っていう墓地があって。そこになぜか曾じいさんのクリスチャン墓地があるんですよ。

H:めずらしいね。

久保田:それもすごい不思議だった。なんで前田家にクリスチャンが…って。だんだん、後でわかってきたんですけど。

H:へぇ。

久保田:そしたら隣に…あそこは家老が8人いて。八家老っていうか。そこの筆頭家老が長家で。

H:あ、そういう家系なんだ(笑)

久保田:うん、どうもね、そこもキリシタンなのではないか、と。まぁ、いい加減なことは言えないですけど。でもなぜか墓が隣同士だったっていう話はね、まだ長さんとは話してないんですけどね。

H:あ、話してないんだね。

久保田:うん、もう40年会ってない。

H:そっか。それは不思議ね。縁があるね。

 

久保田:まぁそんなことがあったりして…で、『サンセット・ギャング』、というか3枚ともリマスターしました。これはマスターレコーダーで、マスターを作るときに、大元が…昔で言うとマスターテープですよね。

H:うん。すごいな、なんか。見たことないよこんなの。

久保田:20年ぐらい前の…ある種セミプロ機でもないけど。でも96kHzまでいけるっていう。ハイサンプリングまで出来るんだよね。

H:じゃあ十分使えるわ。んー。

久保田:そうですね。ここに入ってる…細野さんと縁のあった最初の曲ですけど。"小舟の旅"が…何曲目かな。ちょっと、間違えたらごめん。2曲目…あ、これだ。うん。これは歌だけダビングしてるんですよね、めずらしく。あ、というかこれは細野さんのアレンジだったんで…

H:ん?僕がやったの?ぜんぜん憶えてない(笑)

久保田:これ、ベースも細野さんだと思う。たぶん。

H:ドラムスは?

久保田:ドラムは林くん(林立夫)っていうクレジットがあるんで…ただこのアルバム、ほとんど松本隆さんなんですよ。ドラムは。

H:ホント?ぜんぜん憶えてない(笑)

久保田:はっぴいえんど以来はじめての仕事かどうかはわからない(笑)

 

 

 小舟の旅 - 久保田麻琴と夕焼け楽団

(from『サンセット・ギャング』)

 

 

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久保田:という…

H:うん。

久保田:細野さんにね、初めてお願いしたというか。吉野さんとお願いに行ったのかな?

H:いやー…会った憶えがない。

久保田:けっこう私もビビってましたけどね。あ、はっぴいえんどだ、って。

H:ホント?

久保田:でもね、実はいっちばん初めに細野さんを見たのは…あ、もちろんコンサートでは岡林さん(岡林信康)のバックとかで。

H:やってたからね。

久保田:学生時代にね、京都会館とかで。

H:観てたんだね。

久保田:観た。茂くん(鈴木茂)がサンダーバード持ってて。たしか。

H:はいはい。

[*おそらくファイヤーバード(Gibson Firebird)のこと。Thunderbirdはベース。]

久保田:接近遭遇は…金延幸子さんの録音のとき。アオイスタジオ。

H:あ、そうかそうか。

久保田:これも吉野さんでした。たしか。

H:そうだね。

久保田:で、林くんだったね。ドラムはね。

H:そうそう。あ、そのとき来たっけね。

久保田:うん、あのね…いつもヒッチハイクばっかりしてる頃で。

H:(笑)

久保田:パッと写真を出せないのが残念ですけど、怪しい感じの…林くんから最近言われたのが、「何人かわかんないやつが来た」。

H:いや、いまだにそうだけどね(笑)

久保田:いやいや(笑)そのときはもっと濃かった(笑)

H:そっかそっか(笑)

久保田:「何語しゃべるのかな、と思ったら日本語だった」と。

H:(笑)

久保田:で、ポール・ウィリアムズ(Paul Williams)がいたでしょ。さっちゃんのその頃の彼氏っていうかね。

H:あー、いたいた。

久保田:その後すぐ結婚して、アルバムリリース前にアメリカに行っちゃいましたけどね。そのとき初めてね…

H:どういう関係だったの?

久保田:さっちゃんは私、たぶん10代ぐらいから…19歳くらいからファンだった。

H:あ、ファンだったんだ(笑)

久保田:私がね。で、URCだっけ?大阪のレーベルですよね。「いま、細野さんとアルバム作ってるんだ」と。1971年でしたっけね。あれ?72年か。

H:んー、そのくらいだね。

久保田:えー!とか言って、ヒッチハイクの格好そのままでアオイスタジオに。

H:あ、そう。あの頃…さっちんって呼んでたけど。

久保田:うん。

H:と、ポール・ウィリアムズね。同姓同名だけど、ミュージシャンと(笑)評論家のほう。

久保田:そうそう(笑)ライターのね。

H:いまは亡くなっちゃったけど。

久保田:あ、そうだ。

H:2人は狭山に来て、よくいっしょに…ずっといたんですよ。

久保田:いろんなところに厄介になってたね、彼らはね。

H:そうだね。ボヘミアンというか。

久保田:私の京都の下宿にも泊まってたりとか、実家にまで…まぁ、愛の逃避行を。彼らは。しばらくやってた(笑)

H:そうだね(笑)

久保田:もうそのときに…長男のケンタくんがお腹に。

H:あ、いたんだ。

久保田:そろそろいた頃だね。

H:なるほど。

久保田:大冒険ストーリーで。いまは映画を作ってるんですけどね。あ、細野さんもインタビューしましたもんね、いっしょにね。

H:そうだね。

久保田:いまはediting…もうぜんぶ撮り終わってますけどね。そう、それがね、実は最初だったんですよ。細野さんに会ったのは。

H:んー。

 

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久保田:でも、お話できたのは"小舟の旅"をやろうというときに…やたら話がおもしろいな、っていうか。狭山に行ったの私、忘れてて。

H:来たの?なんにも憶えてない(笑)

久保田:そしたら映画の中で…細野さんの映画あったじゃないですか。『NO SMOKING』。

H:はいはい。

久保田:あれで、私が狭山に行った写真が…(笑)

H:あったっけ?(笑)

久保田:野上さん(野上眞宏)が撮ってたらしい。ということは行ったんだ…みたいな。

H:まぁ来ててもおかしくはないけどさ(笑)でも、[当時はお互いに]まだよく知らないんだよね?

久保田:いやいや!

H:あ、知ってるんだ。

久保田:遊びに…だから…どうなんだろう(笑)

H:(笑)

久保田:かなりあやふやですよね。

H:ぼーっと生きてたからね。

久保田:でも『サンセット・ギャング』の頃から音楽の話とか、いろいろするようになって。

H:そうそうそう。

久保田:それで狭山の後の…アパートありましたよね、新宿区の。

H:はいはい!落合に来たのはよーく憶えてるよ。

久保田:その頃からけっこうノリが出て。「トロピカル・ダンディー」っていう話もそのとき…

H:そう、そこの落合のアパートに来てくれて。僕がクラウン・レコードでソロを作るんで、ファンキーなことをやってたわけ(笑)

久保田:ちょっと[サンフランシスコの]ベイ・エリア・ファンク的な(笑)

H:ベイ・エリアっぽくね。そうそう。

久保田:細野さん、またベースが上手いから、ラリー・グラハム(Larry Graham)とかチャック・レイニーChuck Rainey)みたいなベースを…

H:そうそうそう(笑)だから、プレイヤーだとそうなっちゃうんだけど、歌うってなると…歌えないから(笑)

久保田:ちょっとマッチングが…

H:なんかね、分裂してるっていうか。で、悩んでて。それを見てた久保田くんがすごい的確なサジェスチョンをくれたわけだ。「細野さんはトロピカル・ダンディーだよ!」って。ホント、ありありと憶えてるよね。それでパッと目が覚めたのね。

久保田:おお…そんなことがね、ありましたよね。うん。

 

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久保田:『サンセット・ギャング』からもう1曲、かけましょうかね。

H:なんだろう。

久保田:これも細野さんアレンジですね。"ルイジアナ・ママ"。

H:え、そうなの?

久保田:たしか。そうだったと思う。

H:心配。

 

 

 ルイジアナ・ママ - 久保田麻琴と夕焼け楽団

(from『サンセット・ギャング』)

 

 

H:という…大したアレンジじゃないんですけど(笑)

久保田:いやいや…(笑)

H:若いからね。

久保田:ホーン・アレンジは矢野誠さんです。

H:そうなんだよね。矢野誠さん。当時はよくやってくれたんですよね。

久保田:ね。譜面強かった。で、コーラスは吉田美奈子大貫妙子

H:おお、すごい豪華ね。

久保田:吉野さん人脈で。

H:そう。吉野さんとずいぶん仕事しましたよ。

久保田:はっぴいえんどは両方とも…2枚ともそう?

H:2枚とも…いや、1枚目は違うんですよ。

久保田:あ、そうだったの?『ゆでめん』は違う人?

H:そう。あの、アオイスタジオのハウスエンジニア(四家秀次郎)。

久保田:あ、そうだったんだ。

H:で、2枚目からは吉野さんを…こっちが見つけてきたんだね(笑)

久保田:あ、そう!で、3枚目がアメリカ?

H:3枚目はアメリカ。

久保田:これはアメリカのエンジニアだったの?

H:アメリカのウェイン・デイリー(Wayne Daily)っていうエンジニア。

久保田:スタジオはどこだったんですか?

H:サンセット・レコーダー(Sunset Sound Recorders)。

久保田:あ、そうだったんだ。へぇ…

H:あとで知ったんだけど、すごいスタジオなんだよ(笑)フィル・スペクターPhil Spector)が使ってる、ビーチ・ボーイズThe Beach Boys)も…

久保田:錚々たる

H:バッファローBuffalo Springfield)もそこで作った。すげーところでやった…

久保田:ヴァン・ダイク(Van Dyke Parks)が来て…

H:そう!

久保田:なんか演説してた…

H:それはホントにそうなの。

久保田:それ、カセットをあとで聴かせてくれたような気がするけど…(笑)

H:録ってたかな?(笑)

久保田:なんか隠し録りしてたよ、細野さん(笑)

H:ホントに?(笑)

久保田:えらい演説してた。

H:それはもう無いわ、そのカセット。どっかにあるのかな?貴重だな、それ。

久保田:カセットはないかな…でも、その記憶はあります?演説していた。

H:もちろん。もう、第一印象がそれだから…

久保田:「演説野郎」っていう?(笑)

H:もう、「こいつ…」とは思ったけど(笑)

久保田:(笑)

H:酩酊してるっていうかね。

久保田:その割にはあとでずいぶん懐かれてましたね。

H:うん。

 

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久保田:じゃあ、『サンセット・ギャング』からもう1曲かけましょうかね。

H:はい。

久保田:まぁこのアルバムはですね…ドラムの、ラリーズの正田俊一郎っていうのがちょっと不良すぎて、スタジオでなかなかちゃんと演奏できなくなっちゃって。

H:ホント?(笑)

久保田:すっごい良いドラマーなんだけどね。それでまた吉野さん人脈で、「じゃあ松本くん呼ぼうか」と。で、このアルバムの太鼓はほとんど松本隆が叩いてる。

H:信じられない(笑)「作詞家 松本隆」が(笑)

久保田:その頃、作詞の仕事はまだ…74年ってあった?始めてるくらい?

H:まだね、ドラマー…

久保田:ドラマーと作詞家のちょうど中間ぐらい。入れ替わりの。

H:うん。悩んでたよね。

久保田:まぁでも、なんかむっつりした好青年が来て。バシバシっと、プロの仕事をして。

H:おお。

久保田:我々は安心して、大船で。

H:そうかそうか。

久保田:ですけども、そのオリジナルの正田俊一郎っていうのも…これもRIPで、去年の末に亡くなった。

H:あ、ホント?

久保田:でもね、亡くなったときに娘さんと話したら、なんと、おっきいデザイン会社の社長になってた。

H:不思議…(笑)

久保田:彼は美大だったんですよ。多摩美武蔵美か。で、ミュージシャンを辞めて、長女ができたんで…映画の美術?大道具っていうのかな。

H:ほう。

久保田:そしたら数年で抜擢されて、けっこう…『帝都物語』とか。大きい映画の美術監督から登り詰めて、デザイン会社の社長にまでなったという。

H:わかんないもんだね(笑)

久保田:わかんないもんですね。でも、松本隆、林くん、正田俊一郎。これはみんなね、社長系。

H:(笑)

久保田:松本隆は社長系じゃなくて勲章系ですけどね。

H:ドラマーってそうなのかもね。

久保田:で、トラヴィスTravis Fullerton)って憶えてます?『ディキシー・フィーバー』のときの。アメリカ人の。

H:あ、ドラマー?

久保田:ドラマー。

H:なんとなくしか…ほとんど憶えてない(笑)

久保田:プロデュースしてたんですよ、細野さん(笑)細野さんがね、あのアルバムをプロデュースしてて…

H:うん。

久保田:で、林くんが…最近私も思い出したんだけど、録音中にケガした?ケガじゃない、熱を出した?憶えてる?

H:ハワイでしょ?みんなね、あのときね…熱出すわ、ケガするわ大変だったの。みんな。

久保田:ちょっとなんか、ヘンなのに憑りつかれたような…(笑)

H:そう、祟られてたの。

久保田:オバケ出るようなアパートでしたよね。

H:アパートがすごいところなの。

久保田:たしかにそうだ。いま思い出せば。みんなおかしな目に遭ってましたよね。

H:おかしかったよ。いろんなことがあって。危なかったんだよ。

久保田:私と細野さんだけは大丈夫だったね。

H:まぁスレスレだったよね。財布盗られたんじゃなかった?(笑)

久保田:なんかあったかもしれない(笑)で、その林くんのドラムを運んできた好青年がトラヴィスっていう男で。

H:あ、それがそうなんだ。

久保田:「僕はドラマーなんだ」と。で、けっこう実は有名なバンドで、シルヴェスター&ホット・バンド(Sylvester & his Hot Band)っていうちょっと売れた…ディスコバンドっていうか、ファンクな。白人だけど

H:知らなかったね。

久保田:で、現場で叩いたら上手で…とか言ってるうちに林くんが叩けなくなって。じゃあトラヴィス呼ぼう、ということで。

H:あ、ホント?

久保田:で、そのトラヴィスが最終的にはMTVの副社長になってて…(笑)

H:えー!(笑)

久保田:それがちょっとオチだったんですけどね。なぜか夕焼けで叩いたドラマーの人はみんな勲章をもらう、っていう。

H:へぇ…それは初めて聞くわ。

久保田:で、もう1回『サンセット・ギャング』に話を戻しまして…その正田俊一郎の唯一残ったトラック。これをやりますね。

H:曲はなんだっけ?

久保田:曲はですね、かまやつさん(ムッシュかまやつ)の書いたスパイダースの"バン・バン・バン"という曲かね。

H:いい曲だよ。

久保田:それを夕焼け楽団がヒッピー・パブロックスタイルでやってる。

 

 

 バン・バン・バン - 久保田麻琴と夕焼け楽団

(from『サンセット・ギャング』)

 

 

H:いやー、いいよ。バンドサウンドだね、これね。

久保田:バンドサウンドでしたね。

H:んー。なんかこういうほうがサンセット・ギャングっぽいというか。

久保田:そうだったんですかね(笑)なかなか現場ではね…なんとか1曲、これがセーブできて。一応、私のソロアルバム名義ではあったんだけどバンドもできてて。

H:うん。

久保田:「夕焼け楽団」っていうクレジットもしたのかな?

 

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H:まぁとにかくね、歌が良いのに、なんで今は歌わないの?(笑)

久保田:それを言われるとなかなかね、弱いんですけど…(笑)

H:ダメなの?

久保田:あの…ここね、3ケ月ぐらい。このタイミングで。200曲近くマスタリングをしてたんです。これもそうですよね。

H:200曲ってすごいわ。

久保田:まぁ200トラックはないけど、100数十トラック…別のアーカイヴのものだとか。

H:わかるよ。こういう時期、そういうのをやると集中しちゃうだろうね。楽しいよね。

久保田:そうですよね。表に出なくていいし。で、これはすごい楽しいな、と…

H:楽しいよ。閉じこもってやれることってそういうものだからね。

久保田:ね。で、思い出したんだけど。うちは映画館で…越冬の映画とかね。

H:あ、そうだ、映画館だったんだよね。うん。

久保田:「宗谷丸」とか。

H:ああ。

久保田:そういうのあるんですよ。あと1個ね…灯台守の映画。そういうのって、そうじゃないですか。アイソレーションだよね。

H:そうそうそう。

久保田:で、富士山の山頂にあるドーム型の…

H:測候所?

久保田:測候所の映画!

H:あったな!僕は測候所のメンバーになりたかった(笑)

久保田:おんなじ(笑)

H:おんなじ?(笑)

久保田:それが頭にずっとあって。この仕事ってすごいな、ドームに籠って、富士山の山頂で誰にも会わなくていい。

H:そうなんだよ。

久保田:細野さんもそうだったの?(笑)

H:そうそう、おんなじ(笑)

久保田:それ、どういう…(笑)

H:どういうことなのかな?(笑)南鳥島でもいいんだよ、別に(笑)

久保田:(笑)

H:根がやっぱりそういう、閉じこもり系なんだね(笑)意外に。

久保田:そうそうそう。まさか自分がステージでこうやって歌ってるなんていうのは有り得ないチョイスっていうか…まぁでも激動の時代でしたからね。毎週、毎月のようにいろんなところで…

H:うんうん。やってたよ。ライヴバンドだもん。

久保田:気が付いたら…歌の中でも言ってますけど、私はみなさん方にブルースを歌ってお小遣いをもらってる、って言ってるけど、あれ、ギャラになるんだよね(笑)

H:そう、お金くれる(笑)

久保田:で、測候所はあきらめて、まぁこれでもいいか、と。

H:なるほど。

久保田:まぁ似たような…ある意味ね。

H:ちょっと似てるかも。スタジオに籠ったりするから。

久保田:そうそうそう!

 

 

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